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売れるお店の心理学(2)

ビジネスや人間関係に最も影響する人の心理は、全てが自己防衛(利己主義)に基づくものであり、希望、目標、夢、が存在し行動として表しているが、先に述べた欲望も混在している。
ビジネスにしても人間関係にしても、欲望を持つことによるプラス面とマイナス面とを理解した上で対応することが最も望ましい。
 
「欲による傷害は、見栄、体裁、恥、度胸等を過剰に意識し自己防衛的動作になりがちである。」と言ったが、その欲を除いた行動とはどのようなものなのかを述べてみる。
第一は自己の立場や面子等はお客様には関係なく、人間同士としての価値が問われてくる。社内では部長でも課長でも又、役員であっても組織上の問題であり、お客様にはまったく関係ない事であると自覚し無ければならない。
ところが自己の看板を引きずっている場合が非常に多く見受けられ、その意念はお客様にキャッチされてしまうのである。
第二は恥を恐れては成らない。この問題をクリア出来ればトップセールスになれる。ここでの恥とは人格的問題ではなく、意識的表現と行動を指し積極的な動きでお客様をリードして行く。
恥を恥と思わない精神とは「強欲」か又は「無欲」から生まれるものと理解してほしい。
格好が悪いだの恥かしいだのとは、自己を捨てることが出来ない「欲」のハードルであり、お客様との接点では障害となる。
 
次に精神の持ち方について述べてみよう。
ビジネスに於ける状態と、プライベートの場合とでは精神の置き方は180度異なり、二重人格ではないかと錯覚に陥る場合がある。
自己の精神の位置が決定している人は「真我」を得た人とあり、どのような事でも受け入れてしまう能力を有する。つまり「愚」悟りの世界にも出入りができる精神をもっている。
形は違うが、この世界を唯一指導できる場所は芸能界であり、この世界において自分と言う実態は無く、脚本に忠実に演じる他人となる。
 
その別人の精神的内面まで入り込める人が名優と言われる人達で、大衆に感動を与え喝采を得る。
ビジネス界においても同様であり、決定的な自分と言う本質的精神の持主は「馬鹿」に成れ「愚」の世界に到達できる。
 
ここで、心身を分けて考えてみよう。つまり精神と肉体とを分離しそれぞれの働きを活性化する物の考え方である。
 精神とは肉体を操縦するソフトであり、肉体は命令に従うハードである。精神は肉体の限界を理解し効率的に命令を下す。
 この精神が定まっていない肉体の行動とは不安定なものであり活気の無い動き方と成る。従って精神を活性化させる為には常に新しい刺激「情報」をダウンロードし新鮮な精神を持続する必要がある。
 その方法とは(1)で述べたお客様に対する無償の感謝であり、その意念から発する波動がお客様から反射し尊い知恵を生み出す。
 この知恵が新情報であり、自分の精神に積み重ねるようにダウンロードするのである。
 
では精神とは何か?心とは何か?その根源は何処から来ているのか?を探求してみよう。
人間の誕生は動物界に属し他の動物と同様であり、本能的には変化はない。唯一異なっているのは内在する「和子」魂のレベルが高いか低いかの違いである。従って万物には全て魂があり、全てが進化を追及している。
その中で人間は進化の最先端に属し、この先は神仏の道が広がり約束されている。が、欲と言うハードルを越すことが出来ず輪廻の渦に身を置いているののが現状で、それが今の私達の人生と理解してほしい。
欲のハードルとは俗に言う七情六欲の事であるが限度の問題であり、全部を捨てろと言っているのではない。
人間も動物的本能が基本ではあるが、他の生物には無い必要以上の「欲の能力」を与えられている。この欲の能力こそがハードルであり(壁)なのである。
その壁の高さは各自の「自我」が決定し、他人にはコントロールする事も干渉する事も出来ない。(本人も理解できない深層潜在意識の中にある。)
人の精神は国や環境により、生存過程において生命維持として変化はするが、心の世界は異なる人種であっても万国共通であり変化は無い。
魂とは心の抱く次元に左右され、高くは神仏の境界であり低くは魔の世界に堕落ちてしまう。
 
ここで考えてほしいのは、肉体的本能と魂との合体の隙間に心があり、その心に精神が介入する。
従って正しい精神は心を癒し、肉体的に健康を維持し魂も同時に神格を高める事ができるのである。
単に正しい精神と言っても具体性が無いので述べてみるが、自然宇宙的観念から見た場合、人間的能力の使い方を進化に向け、自然道徳的生き方が正しい精神を増幅する。つまり家族、友人、社会、国家に対し、どれだけの貢献ができるか、その挑戦が自己の精神を高め同時に心が潤い魂の高揚が得られる。
 
この一連の仕組みは宗教的に指導しているが、時代の変化により本質が変化し、正確に伝達できる指導者が減少し、又、その変化を指導しようと思っても現代人には中々理解されず困難が生じ、変人扱いされる恐れもある。
何故か? 科学万能の誤解が招いた時代になったからである。しかし、人間は全て死に向かって進化し続けなければ成らない運命なのである。
 
話がここまで来るとビジネスには関係ないように思われるだろうが、ビジネス界において、これらの理論を社員に抵抗無く指導し、着実に業績を伸ばしている企業、それがオートウエーブの広岡会長である。
年に何回かの会合がある度に、会長の書かれた資料が配布される中にしっかりと書かれている。書かれた文字を棒読みにすればそれまでだが、その文字の裏側に隠された意味はとても深く、人生の教本なのである。
常に未完成とは進化の途中である事を象徴し、人生に挑戦する事を意味し、自己の能力を最大限に発揮する意念を抱かせる教えである。
 
さて、我々は何処から来て何処に帰るのであろうか?
肉体は両親から貰った物であるが、魂はと言うとなかなか答えられる人は少ない。又、現代科学では未踏の世界に属する。
魂の発信場所は宇宙「虚」の世界から発し、全ての物体(鉱物・植物・動物)等に含まれ進化を追及し、輪廻の早い小動物ほど進化が早い。
身を保全する為に枯葉に似せた昆虫、木の棘に同化させた昆虫、色が変化できる小動物、等等数えたら限が無いほど多くの生き物がいる。
植物も同様、環境に即す形態に進化し、その形態はドキメンタルTVでも放映され不思議な事と言われているが、全て意思が無ければ進化は出来ない。すなわち魂が存在しているのである。
その魂の帰る場所とは発信場所の「虚」の世界である。
中国に「精・気・神」と言う言葉がある。この言葉は人間の修道段階を指した言葉であるが、その次に「虚」と言う最高の世界に到達する。
 
精を練って気と化す。気を練って神と化す。神を練って虚に帰る。
この理論は4000年以上前に中国で座禅法が開発され、その手法が世界に広まり宗教の基本となったと言われている。
修道者はこの過程を通過するために、日夜修行し虚の世界に到達するべく業に励んでいる。しかし???
 
修道者以外は虚の世界に到達できないのか? 答えはNOである。
人間全てが持ち合わせている欲の能力を、自己の欲に留めず多くの人の幸せを求める欲に切り替え、人生を送る事で修道者達よりも高次元に達する事ができる。
先のオートウエーブ広岡会長は社員達を感化し、お客様に対しても人道的見本を示している。
利益追求のみを狙う他社は、オートウエーブを見本にしようと何回も見学に来るが、見えない世界に属し簡単には真似は出来ない。
ビジネスの基本は心の世界をどれだけ発揮できるかであり、表面的な現象だけではない事を知るべきである。

 

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