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「美」のビジネス考察

人の追い求める終局目的は『美』である!。と理論付けられる。
人に限定しているが、地球上に存在している生物全てが追い求めている物でもある。動物も植物も細菌までもが全て『美』を追求している。
では、美とは何かと言うと「たゆまぬ進化」であると定義付けできる。
現在よりも、より条件の良い状態において生存したいという思考意念のエネルギーが「進化」の根源と成る。
人間の場合、より幸福に、健康で快適な人生を送りたいと願っているのだが思うようには好転しない。なぜ好転しないか?。『美』=進化=思考意念の追求に欠けているからである。

進化の速度が速いのは、生死のサイクルが短いものほど早く、長いものほど遅い。特に人間の寿命は年々高齢になり、自然界に生息する動物から見ると生死のサイクルが非常に長いため、進化の速度は鈍化である。
虫や小動物は特に進化が早い。何故か?。短命である事と、常に周囲に対し注意し、思い抱く意念は身を守る事と食することのみである。
特に身を守る意念は想像を越え、体の構造までも変え、木の葉に似せたり、刺の木の刺に似せた体に変身させたり、体の色を環境に合わせて変えてしまう。
これらの進化は、常に思う意念エネルギーによって可能となっているのであり、生存の為の執着心=意念の作用である。
人間も同様で、真剣に心に抱く意識は意念エネルギー体となり、思う方向(夢)に移動(実現)することが出来る。
すなわち、心から求める≪限界の意識≫が進化を呼び起こす、それが『美』なのである。

さて、『美』とは外見上の物と内面的要素を含む複合体エネルギーであり、与える物(心)と与えられる物(肉体)との相関関係は、意念の二乗に匹敵する。
(心により肉体が変化する。その現象化は顔に最も表現される。)従って、外見上の『美』のみを追求しても本質的な『美』のエネルギーを導入する事は出来ないのである。
つまり、死に直面する限界の意識(生存に対する執着心、恐怖の限界等)が重要で、挑戦出来れば生き残り、諦めは死に直結する極限的内面(心、魂)に隠された『美』の追求こそ、進化の根源と成るエネルギー原なのである。

その接点に身をおく事が出来れば進化の速度(知恵、持久力)が増大し、新しい自分を作り出す事が出来る。

内面に隠された『美』とは人間としての思想意念であり、次元の高低に違いは有るが、比例して『美』の追求が万人の追い求める終局目標であり、無限無形の世界に誘導する。

さて、難しい事は後回しにしてビジネスに関連させて考えてみよう。
同じ商品の中から選んで買い求める風景はよく見かけるが、たとえ同じ物でも選ぶ意識は外見の問題と同時に、自己の内面に潜む心理の安定化を図るための動作であり、両面の了解があって始めて購買に繋がるのである。
上記の場合は買い求める目的を持っての行動であるが、何の目的も無くウインドショッピングに行っての行動は、内面的要素が主流となり形(商品、物)は二の次に成る。
内面的要素とは人によって感性の違い、性格の違いによって見る物、聞く物の解釈が異なり、決まりきった方程式は無い。
店側でお客様を多く集客するために、ユーザー心理を細かく分析するよりも、人間万人が快く思う対応に神経を注ぐ事が最も重要であり、双方抵抗なく対応する事ができるのである。
私も勉強させて頂いてるオートウエーブの広岡会長の『万人万様、同じ人はいない』を原点と捕らえお客様に対応する姿勢には脱帽である。

お客様を研究する前に、自分の事を良く知る事から始めないと前に進めない。先にも述べた『美』は自己の進化を促進する原動力である!。
歴史を追って考えると、どの時代にあっても『美』の追求がなされていた事実は疑う余地は無いが、その時代時代の文化水準を基礎として発展させてきた物と推察する。
当時の『美』に関する意識は、現代人の何倍もの裕福さを求めながらの生活であり、事実文化遺産として現代技術を持っても無い得ない事実が存在し、現代文明の基礎として残している。
『美』とは=裕福と言う事であり、裕福とは内面(心、魂)でのみ得られる世界なのであるが、現代人は外面重視の世界である為、本質的な『美』を追求する意識に欠けているのである。
物は溢れ不自由な事は無いのに、幸福、と感じない理由は、正に古代人にも劣る精神の持ち主と成ってしまった現れでもある。
今後更に科学が発達し高度な文明が生まれてくるが、それは外面的のものであり、内面の部分は各自各自が意識し開発し発展させ、内外両面の高揚を求めなければ成らないし、それを怠ると物は裕福だが本質的な『幸福』感を味わう
事ができず不満な人生を送る事に成るのである。
ビジネスの世界であっても、お客様に対して直接的な働きに重視し、心的内面部分に対し無関心叉は無視し、利己的商法を押し進めているのが現状ある。
物が無く争って購入していた時代ならともかく、21世紀からの商法は根本的に変遷するものと思われる。

では、21世紀に求められる理想的なビジネス展開とはどの様なものなのか?。
それはお客様に対し本質的な夢と希望=『美』を想像させるビジョンをシステム化し、それに応じた社員の教育と対応である。
言葉では簡単だが、実際に対応できている企業として唯一オートウエーブ以外見当たらない。
オートウエーブの広岡会長を先知先覚の人と書いた事があるが、先知とは字のごとく先を知る、先が見える、先が解る、と解釈するが、その為の基本と成る過去、現在の状況を熟知し分析する能力が要求されての事である。
その分析方法だが、一般的には物(商品)に対して流行、売れ筋、価格、環境、店作り等の分析に終始するが、オートウエーブの広岡会長の分析方法は全く
異なった部位(人間の心、意識、)の分析方法と解釈できる。
従って人間が人間でいる間は、時代が変わっても変わる事のない不変の範疇に属する部位の分析であり、その結果に於いてのビジョンであり展開である。
広岡会長が先知先覚の人であっても一人は一人である。しかし、社員全体が共に同じ思想、哲学に同調し、行動できたとしたらこれほど強い物は無い。
ではその方法とは?。これも『美』である。
社員一人一人の意識内に『美』の創造を打ち立てるビジョンを与え、実行し、各自が徐々に自覚し戦力と成っている。

洗脳と言う言葉がある。洗脳と言うと外部の情報操作により、自由を失いロボット化するように聞こえるかも知れないが、ある目標に達する迄ひたすら努力する姿を「自己洗脳」と言う。
自己洗脳とは自分の希望、目標、夢、を実現させる為の意識増強であり、起業家全てが持ち合わせているものである。その意識を社員一人一人に持たせる事ができるとしたら、その企業の未来はどう展開するであろう。

『美』に基づいた自己洗脳は、内面から溢れるエネルギー体と成って表現され、その意念がお客様の内面に入り込み『満足』と言う解答を生み出す事になるのである。
人の意念がお客様の内面(心)に入り込む事が信じられない、と否定する人がいたとしたらこの先を読む必要は無い。

つまり、意念とは波動エネルギーと言う未踏科学的エネルギーを発生させ、その人の周囲に影響を及ぼす物であり、人々は無意識にその影響を受けるのであるが、受け口は潜在意識の範疇で、その情報は瞬時に右脳に伝達される。
右脳に伝達された情報とは「気分」と言う形で現れ、その場の雰囲気を感じさせることになる。
「気分」の気が陽と感じれば気分が良く、陰であれば気分が悪いと表現する。
万物は気に左右され、人間も気によって行動が異なってくるものであり、より快適にと望む事は当然であるため、陽の気を発する場所えと無意識に移動してしまうのである。
ビジネス界に於いても同様であり、より気分の良い店に足を運ぶことになる。

次に意念から発する波動と、受信側が行動に移る迄の心理経路に関するプロセスを列記してみる。
意念から発する波動は「無」であり、「無」のエネルギーを受信した人が行動として表せば「有」である。この移動経路は6線の?気(六つの経路)を通過して行動、つまり「有」として現象化される。

(☆「炁」は先天的に生まれ持ったもの、「気」は後天、人間生活において蓄積されるもの。)
「無」 波動エネルギー 発信者の想念の高低で変化し受信者の1線炁に送られる。
1線炁 道徳に基づく情報 感性
2線炁 性格、気質の思考 個性
3線炁 有利、不利の決済 防衛
4線気 命令、方向性の指示 決断
5線気 行動の自覚 決済
6線気 行動 実行
「有」 現象化。

人は何をするにしても、この6線を通過させて行動に移るのだが、何処までお客様の心理を理解し展開するかによって業績に大きく影響するのである。
先程も述べたオートウエーブ社での商法では、お客様に対し1線からの提案を伝達できるシステムに成っており、その教育は他社では真似のできないものである。なぜ真似ができないのか、マニュアルが「無」いのである。
マニュアルは広岡会長の思想、哲学を波動として社員の1線に送り込むのである。受動態である社員の道徳的レベルは入社時に理解しているために、正確な判断と理解力により読み取り行動を起こすのであるが、ここで一番基本と成るものは、私利私欲を排除した純真で道徳的観念の持ち主で無ければ正確に感受できないと言うことである。

1線から2線に移動すると、各自の個性に基づく回答があるが、個性(性格、気質)は持って生まれた物で変える事のできないものと思われている。しかし
周囲の環境や教育により、新しい感性が芽生え順応するのである。
また、性格気質は先祖から代々引き継がれてきているもので、本人さえも理解出来ないほど複雑で隠された分野でもある。
表面化している性格気質は、現在の環境下においての現象の現れであり、状況(戦争、突発的トラブル等)が変われば隠された性格、気質が現れてくる。
従って一概に決め付ける事の出来ない深く幅広いものでもある。
喧嘩早い人間でも喧嘩の無い環境下に長くいると、その環境に馴染み喧嘩の意識が薄くなり、喧嘩をしている人がいると仲裁に入るようになる。
環境とは自分を進化させてくれる土壌であり、良い環境を与えられることは陽に進化し、悪ければ陰に生きられる術を発展させるべく進化する。
良い環境を得た場合、与えてくれた人に深く感謝しなければならない。
次は3線である。3線は利己主義的防衛のセクションだが、場合によっては犠牲的精神を発揮する部分でもある。この犠牲的精神こそ未知数の可能性を追及できる原動力の源となり、その意識を引き出す事が出来るか出来ないかに
よって経営者の手腕が問われるのである。
社員は将来の夢を現実の物にできる可能性を確認した時点で意思は決定され意念に変化する。
この意念はエネルギー体であり、集団化の現象を呼び起こし、次々と周囲に伝達され思想的統一化が図れるのである。
この3線こそ最も困難であるが、同意を得た場合は非常に強力な力となるが、間違えば給料泥棒を養う事になる。
4線、意識を行動に移す前段階としての覚悟(意思決定)が必要となる。つまり自己決断である。この時点で行動に対する手段や方法、技法が組み立てられ心の準備が整う。
5線、行動に移してからの影響や反応を想定し、判断に間違いが無いかどうかを具体的に組み立て、結果の査定を計る。
6線、行動開始となる。
 ここまでは外部から情報を得てから実行に移すまでのプロセスであるが、各線毎の判断基準は何度も言う道徳的観念に基づくものである。
なぜなら「道徳的観念」こそ「美」=「進化」の象徴であり、強力な波動エネルギー体なのである。  次は結果に於いての継続と維持である。
『業績が成長している時に反省なし。衰退している時の冒険なし。』
企業全体に言える事だが、成長している時には天下を取った勢いで更に更にと規模を拡大させていくが、その時点で反省部門が無いために、バブル崩壊や市場の変化と同時に窮地に立たされる。それも歴史ある大企業と成ると半端な欠損ではない。それらの大企業がドミノの如く倒れる様は滑稽である。
それも一握りの人間によって引き起こされ、責任逃れの寸劇は政界をも巻き込みあきれ果てて物が言えない。

さて、初めがあれば終わるがある。その中間に継続がある。
企業にとっての継続は常に右上がりの成長機運を維持しての事であるが、日常の習慣、慣れ、甘え、危機感の喪失等によって市場や人心の変化を見逃す場合が非常に多いのである。その為に取り返しの利かない失態を招いてしまう。
窮地に追い込まれた後の責任転化劇は滑稽なほど次元が低く、企業の顔でなく個人の顔で接し、いかに逃げるかが見え見えである。
このような事態を引き起こさないためにも、各部署からの参加で常設の反省部会とか見直し部会とかを設け、「今」を点検査定する必要がある。
業績が伸びていても、その原因、環境、要点の分析を、各部署からの角度で討論し合い次なる施策を打ち出すのである。
今後更に情報化が進めば進むほどスピードと変化が強いられ、年2回の監査役からの報告では後手後手に回ってしまう。監査役は結果に於いての評価に過ぎず、現場の「今」を理解出来ない。
業績が良くても悪くても常に観察を怠らず!。が継続の安定化につながる。

最後に前にも述べた人間の心理経路の解説に付いて簡単に述べておく。
今回はビジネスにおける心理経路として解説したが、人が生きてゆく上で全てこの経路を経由して生かされている!と言っても過言ではなく、万人が逃れることの出来ない摂理である。
従って喜びも悲しみも全てこの線上にあり、この摂理を曲げたり思想の次元を下げると不幸現象を引き起こすのである。

  • [1線・・・・・・道徳に基づく情報・・・・感性]
    自分に関係する全て(5感=聴覚、視覚、臭覚、味覚、触覚)をセンサーとして第6感が誕生し、その人の感性を作り出す。
    《魂の表層に位置する。前世の記憶が根底(潜在意識)に潜む。》
  • [2線・・・・・・性格、気質の思考・・・・個性]
    頭脳(知識)、経験(記憶)、道徳意識(観念)の高低、性格、気質等の総合的能力から知恵を生み出す。
    次元が低ければ短絡的思考になり、高ければ様々な情報や感覚に対し感情的にならず冷静に判断し正確さを増す。
    頭脳で判断した思考は、たとえ間違いがあっても知識と経験に基づいた結論であり、他からの束縛は無視される。
    《歴代の先祖からの善悪両面を継承している分野。》
  • [3線・・・・・・有利、不利の決済・・・・防衛]
    意思の決定は、1線2線の次元に基づいたものであり、人間の持つ本音(本心)
    つまり「心」が司り形として現れない。言わば想像の世界の範疇に属する。
    《1線2線両面混合の分野となり、修道の世界に属する。》
  • [4線・・・・・・命令、方向性の指示・・・決断]
    名誉、地位、欲徳、執着心、を基本に判断し組み立てを行う。4線は頭脳的であり3線の影響を引き入れない場合も多いため、3線との摩擦(葛藤)を生み出す動物的要素の強い所でもある。なぜなら、123線までは心(魂)の世界で
    あり、4線は動物的頭脳性の世界であるからである。
    この摩擦は人間にとって最も重要な事で、陽の摩擦は修道の分野であり、悟りの世界に導く要素と成るが、陰の摩擦は、頭脳に警告を与えるために病気とか不幸現象等で表現し自覚させる。
    例えば、あんなに良い人が不治の病に冒されたとか、事故に遭ったとかは、話に暇が無い、何故良い人と言われている人が、その様な目に遭わなければ成らないのか疑問に思われるだろ。そのヒントは4線気に隠されている。
    つまり自己を偽る、裏切る、部位であって、決定した事とは別の行動(右を行こうとしたが左が良いと言われ、不満をもちながら従ってしまう。また、内心不愉快なのに笑って対応する。等)をしてしまい、他人からは良く見られるが
    悩みの世界に閉じ込めてしまう結果である。
    4線気の部分とは3分の2が決定で3分の1は成り行きと考える事が自己を軽くする事が出来るのである。
    《動物的7情6欲が根本にあり、情を制し欲は潔欲(利己的欲ではなく神仏が求める欲)に徹する事が望まれるが、多くの誘惑に翻弄される。》
  • [5線気・・・・・・行動の自覚・・・・・・・決済]
    行動の善悪にかかわらず4線までの次元に於いて決済される。この時点での修正は困難となり、他人からの助言を聞き入れる事が出来ないばかりか、反対者に対し反発心を持ち、恨みを抱く事になる。
    どうしても修正が必要な場合は、3線までの事から説明し修正を求めない限り納得させる事はできない。
    《取らぬ狸の皮残余と言う諺があるが、行動前に結果までを思い込む。》
  • [6線気・・・・・・行動・・・・・・・・・・実行]
    具体的行動に移り形として現れる。その形を確認しながら4線にフィールドバックされ、その形態を次々と繰り返すが、4線では道徳的観念との摩擦があり、
    3線までの影響力が勝っている場合は修正されるが、劣った場合や無視した場合は4線の動物的本能が主導権を握る。

いろいろ述べてみたが、ビジネスは人間生活の手段であり全てではない。
しかし、ビジネスを放棄する事は人間の価値を失う事につながる。
表題の「美」のビジネス考察の根源は1、2、3線内にあり、と理解すれば人間的にも経済的にも有効に活用でき、より次元を高めれば高めるほどお客様、惹いては周辺の人々に快い影響を及ぼすのである。
思うに、この理論を疑って否定するか、疑りつつ勉強するか、強制されるものでもなく制限されるものでもない。全て個人の自由意志である。

尚、この理論は21世紀中には解明すると思われるが、現代化学技術では未踏の世界である。

ジョイボンド 古舘忠夫